【カストリ書房限定】石内都『互楽荘』(サイン入り)ゆうパック着払い
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【カストリ書房限定】石内都『互楽荘』(サイン入り)ゆうパック着払い

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『連夜の街』で知られる写真家 石内都が切り取った、もう一つの眠らない街──。ヨコハマに存在した進駐軍向け性的慰安施設「互楽荘」。解体直前、昭和の最後に奇跡的に撮影された写真集。 「日本人の純血を守る」を謳い、進駐してくる連合軍将兵の娯楽、主に性的慰安を目的として、敗戦からわずか2週間弱で組織、準備されたRAA(特殊慰安施設協会)。 RAAは戦前から続く料飲業者と、売春業者を主な幹部に結成される。東京都料理飲食業組合、全国芸妓屋同盟会東京支部連合会(芸者関係)、東京待合業組合連合会、東京都貸座敷組合(吉原、千住などの公娼関係)、東京都接客業組合連合会(向島、小岩などの産業戦士向け慰安所関係)、東京都慰安所連合会(玉の井、亀戸などの私娼関係)。 先遣部隊が到着する前日の8月27日、性的慰安施設の「小町園」が都内大森に開業し、翌28日、本書「互楽荘」に接客婦が順次待機を開始する。翌々日30日、進駐軍本隊が進駐開始し、互楽荘には、営業開始を強要する下級士卒が殺到したという。(正式な開業日は9月3日) 本書、石内のあとがきに「赤線第一号」とあるが、厳密な意味ではこれは間違いであるが、神奈川県の場合、RAAの傘下組織ではなく、神奈川県警保安課が性的慰安施設を設置した。つまり官製としての性的慰安施設としては第一号といえる。 互楽荘の経営は、本牧、大丸谷、真金町、曙町の4組合で共同運用する方式とし、接客婦はかつて真金町遊廓などで働いていた娼妓を中心におよそ100名で構成された。 互楽荘は、9月3日に正式オープンしたが、わずか1週間で閉鎖となる。性に飢えた将兵同士のけんかが絶えなかったこと、進駐軍宿舎に指定されたことが、その理由とされる。互楽荘が娼家として転用された期間はあまりにも短かった。 互楽荘は娼家として建築されたのではなく、関東大震災後に、防火耐震を目的とした鉄筋コンクリート制の集合住宅が求められ、昭和7年(1932)築である。この集合住宅が、戦後も焼け残り、「わずか1週間の娼家」として転用された。 敷地面積450坪、鉄筋コンクリート3階建て(一部4階)、コの字型、中庭には浴場があった。1階の一部は貸事務所、1〜4階の住宅数は合計72戸。 当時の互楽荘を案内するパンフレット冒頭には、「楽しい天国」「憧れの住居」「驚異と感嘆と讃仰の的」と高らかに謳っている。当時の横浜市中区役所の書記の平均月額俸給が68円のところ、45〜76円の家賃だった。 本書は1980年半ばに写真家、石内都氏が撮影し、2017年、蒼穹舎より発行された。昭和62年(1986)、老朽化のため解体された。 ◇参考資料 『神奈川県警察史』 『占領と性』 『互楽荘パンフレット』 ■著者略歴 石内都(いしうち・みやこ)群馬県生まれ、横須賀育ち。初期3部作「絶唱、横須賀ストーリー」「APARTMENT」「連夜の街」で街の空気、気配、記憶を捉え、同い歳生まれの女性の手と足をクローズアップした「1・9・4・7」以後 身体にのこる傷跡シリーズを撮り続ける。1979年第4回木村伊兵衛賞。 ■書誌情報 ・著者:石内都 ・発行:蒼穹舎 ・発行日:2017年 ・A4変形ハードカバー / 76ページ ※商品代金には包装費100円が含まれています。 ※当商品はゆうパック着払いにて発送致します。決済画面では便宜的に0円と表示されますが、ゆうパック規程の料金が発生します。