写真集・清涼里588(対訳付き)
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写真集・清涼里588(対訳付き)

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韓国の写真家によるソウルの売春街588をとらえた写真集。撮影時代は1984〜1988年と、ソウルオリンピック開催前にあった街景と、そこに生きる娼婦たち。韓国の版元より直輸入! ■作者はしがき(抜粋) 「遊んでらっしゃいよ〜」  偽りの愛の言葉だったが、通り過ぎる者の反応は冷たかった。 「おい!好きでやってるんじゃないのよ。お金が好きでやってるのよ」  諦めの混じりの彼女の叫び声が聞く者の胸を一層締めつけた。 『清涼里588』を記録した古いフイルムを引っ張り出し、彼女たちを再び眺めた。彼女たちを忘れて暮らし、いつの間に30年の歳月が過ぎていた。心優しく、綺麗な娘だった。夢多き少女の頃から彼女があの地に足を踏み入れたのは只、貧しき両親のもとで生まれ育った罪だけだった。その頃、国までもが貧しかったし、彼女は時代的、社会的犠牲者に違いない。  (中略)  しかし埋もれた歳月の間、その時代の場面、場面が私たちの社会の重要な記録であり、証言であり、また歴史であった。30年の歳月が流れた今、本人たちにはその姿を見分けがつくだろうが、他の人たちには見分けがつかない、そんな時が来たようだ。隠れて撮ったものはないのだから、彼女たちも理解してくれるものと信じている。 (中略)  私は恋人であり妹でもあった、あのときの彼女たちに会いたい。あなたたちの姿を収めたこの写真集をもし目に触れる機会があったら私に連絡をおくれ。たとえ私が乞食暮らしになってようと、焼酎の一杯も奢るから・・・ ■解説 イ・ガンス(抜粋)  写真家、趙文浩は『清涼里588』に生きていた妹のような女の子たちと一時、ともに暮らしていた。最初は写真を撮るというので彼女たちからビンタを喰らわされたり、「チンピラ」たちから袋だたきにされ、たたき出されることも日常のことであった。けれども時が過ぎ、彼女たちはカメラを提げた若者が、自分たちを被写体とだけでなく、人間的にともにありたいと思っているということに気づくようになる。 (中略)  趙文浩の写真が温かいのは、彼がその対象を温かく眺めているだけではない。対象となる者たちが彼を温かく眺めてもいるのだ。良い写真とは写真家と対象の共感から生まれるという名言が、つまりこのことである。 (中略)  写真家なりのある決まったスタイルを維持しようとするのではなく、カメラワークに秀でているのでもない。そのなかに深い哲学やイデオロギーがある訳でもない。ミザンセーヌやナレーティブのような要素を浮き上がらせることもなく、感性に溺れないように注意しつつ、冷静に冷たい、メスを突きつけるような、理性を呼び覚ませてくれる強力できついドキュメンタリーでない。ひょっとすると、見る者によっては野暮ったく映るかも知れないが、誰が見ても温かく、奥ゆかしく、何よりも人間的な切なさが表された写真である。インド、ムンバイの売春窟を撮ったマリー・エレン・マークの撮ったきつく、強力で刺激的な感じの写真ではない。きつい記録だけがドキュメンタリーではない。 ■書誌情報 ・著者:趙文浩 ・発行:noonbit ・発行日:平成27年 ・A5変形 ・128ページ / カラー ・対訳付き(別紙) ■青木謙介氏(翻訳者)プロフィール 1959年、大阪生まれ。高校卒業後、渡韓。激動の80~90年代、映画を中心とした多くの韓国文化人との交流を持ちながら過ごす。富山大学大学院東洋文化専攻中退。その後、映画配給、テレビ制作、コーディネート、翻訳などに携わる。