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藤田昌雄『藤田陸軍と性病』

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¥1,980 税込

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人間の三大欲求の一つである「性欲」に対して、日本陸軍はどのように対応していたのか── 外地のカフェー外観をとらえた写真、寛ぐ娼妓たち、コンドームの広告など、圧倒的な量の貴重な図版を掲載。 ■目次(抜粋) 1.平時の陸軍と性病 2.戦時の陸軍と慰安所 3.慰安所の設置例 4.戦時における陸軍の花柳病予防法 5.附章:コンドームの歴史 ■著者はしがき(抜粋)  戦時・平時を問わずに、平素から厳しい訓練と規律に縛られている軍隊にも休日はあり、将兵はこの余暇を利用した外出により英気を養っていました。  この外出では「性欲処理」のために多くの将兵が兵営近郊の遊郭に登楼したほか、戦場では後方地帯の遊郭等が便宜に用いられていましたが、「支那事変」以降は後方地帯に性欲処理を目的とした「慰安所」が設置されました。  そして本書では当時は国民病として国内に広く蔓延していた性病の存在と軍の対応を絡めつつ、日本陸軍の性に対する認識と対応について述べていきます。 ■遊郭の凋落とカフェーの台頭 そして花柳病の蔓延  明治33年に発布された「娼妓取締規則」により、全国統一の公娼制度が完成し、同法令により定期検梅(性病検査)が義務づけられた娼妓。  結果的に娼妓の性病感染率は低下安定、反面、検梅義務のない芸者や、新興の遊興産業であるカフェーで働く女給たちを媒介として性病は蔓延していく。芸者を含む私娼の性病感染率は21%(明治34〜35年)と、公娼の感染率の10倍と目され、私娼こそがまさに「花柳病の巣」であった。  当時、コレラとジフテリアを合算した数値よりも死亡率が上回った性病は、まさに国民病といえるもので、富国強兵の最中にあった日本にとって、「性病予防」と「性欲管理」は国家的急務であった。  本書は、そういった世相にあって、どのように軍が「性管理」していたのかを解く佳書。  本書の価値をさらに高めている点は、収録している図版が、博物館や資料館の所有物の転載ではなく、著者をはじめとした個人所有の原資料を、数多く掲載していることである。